職業安定広報11月号に掲載されました。

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職業安定広報11月号の「しごとインタビュー」に4ページにわたり野口鍛冶店四代目が紹介されました。
以下全文です。

伝統を受け継ぎつつ、使いやすさを求めて新しい農具を次々と考案する「鍛冶屋魂」

野口廣男さんは、代々野鍛冶を家業とする家に生まれ、その4代目として活躍しています。伝統に培われた頑固さと常にお客様の立場から考える姿勢で、農具や包 丁を作り続け、「野口式」と呼ばれるそれらの製品は全国的に知られ、高い評価を受けています。お話からは「鍛冶屋魂」とも呼ぶべき、自分の仕事に対する情 熱と誇りが伝わってきます。

 

父の跡を継いで鍛冶屋の道へ

――高校卒業後、1年ほど会社勤めをされ、その後に鍛冶職人であったお父様と一緒に仕事をするようになりましたね。当初からお父様のお仕事を継ぐおつもりだったのですか。

野口 私の家は代々野鍛冶を営んでいました。野鍛冶とは農具や打刃物を作る仕事です。鍛冶屋としての創業は明治20年で、私は4代目になります。そんな家に生ま れたのですが、実は親父の後を継ぐつもりはありませんでした。いったんは会社勤めをしたのですが、親父が考案した「万能両刃鎌」がたいへん好評で、鍛冶屋 の仕事が忙しくなり、家業を手伝うことになったのです。ただ、子供のころから親父の仕事を手伝っていたので、その内容はだいたいわかっていました。小学 5~6年生の頃から「向こう打ち(むこうぶち)」と呼ばれるハンマーで打つ仕事をしていましたからね。

――お父様からはどんなことを学ばれましたか。

野口  親父の口癖は「仕事は体で覚えろ」ということでした。鍛冶屋のような職人の仕事は口で言うだけでは、なかなか伝わりません。自分で繰り返し繰り返し1つの 作業をして、はじめて身につくものです。私は子供のころから親父の仕事を手伝っていたので、初めて鍛冶屋の仕事をする人よりはスムーズに身についたとは思 いますが。しかし切れる刃物は何とか作れたとしても、それだけでは十分とはいえないのです。使う人にとって使いやすい物を作ることも大切なのです。例えば 刃物にしても人によって使いやすい角度がある。その角度にどのような方法で近づけていくかというような微妙な仕事は親父に教えてもらったり、お客様から教 わったり、自分で工夫したりして覚えましたね。

職人としての頑固さとお客様の立場に立つ柔軟性

――鍛冶職人に限らず、職人に対しては頑固で一徹者というようなイメージがありますが…。

野口  確かに職人には頑固者が多いですね。それというのも「俺の作った物が一番」というような自負がないと、自信を持ってその品物をお客様に勧めることができな いからです。私の親父も頑固者でしたが、その一方で柔軟性も持っていました。大変研究熱心で、より使い勝手のよい農具を作ろうと、お客様の目に触れないと ころで努力していましたね。だから農家の方が効率よく農作業ができるようにと、これまでなかった「万能両刃鎌」のような農具を考案できたんだと思います。 もちろん基本的な技能が備わっていることが前提ですが、そこに自分で工夫した技を加えていくのです。いい道具を作るという職人としての頑固さとお客様の立 場に立って使いやすい物を作るために工夫を重ねるという柔軟性、私はこれを親父から受け継いだと思いますね。

――お仕事の基本的な工程を教えていただけますか。

野口  私たちは、鋤や鍬、鎌などの農具や家庭で使う包丁などを製作しています。その刃部は軟鉄に鋼(はがね)を合わせて作ります。鋼には多くの種類があり、それ ぞれの用途に応じて選ばなければなりません。まず地金となる軟鉄を火に入れて熱します。これを「赤める」と言います。この赤めた軟鉄をハンマーでたたき、 引き伸ばしてだいたいの形を作り、赤めた鋼を接合します。このとき、ホウ砂などの接合剤を使いますが、私たちはこれを「薬」と呼んでいます。接合した軟鉄 と鋼をハンマーでたたきながら形を整えつつ、薬を飛ばします。この作業が鍛造ですね。鍛造のときに薬や不純物が残っていると、後で使っているうちに接合し た部分がはがれたり、錆やすくなります。この状態を私たちは「スミが入る」と言っていますが、こんな仕事をしたら失敗です。鍛造を終えたら切り落として成 形し、焼き入れして冷やし、最後に柄をつけます。

お客様の使い勝手を考え、これまでにない道具を次々と考案

―― お父様の考案された「野口式万能両刃鎌」は、その使い勝手の良さから農家の方々から大好評を得ているようですね。また野口さんご自身も、実用新案と認定さ れているさまざまな道具を開発していらっしゃいます。このような、これまでにない新たな農具はどのような発想から生まれるのでしょうか。

野口  「万能両刃鎌」は農作業の際に、効率がよく広い用途に使うことができるような農具を作りたいと親父が考案したものです。鍬としても使うことができ、草を刈 るときにも便利です。又左右の区別がなく、尖った先で細かい作業もできる。当初は農家の方も使い方が分からず、事前説明会を開くなどして次第に多くの方に 受け入れられていったようです。私が考えた「野口式二段鋏」は、ナスなどをほ片手で採果できるように工夫したもので、腰や腕の負担が軽いのが特徴です。こ れはある農家の方が「効率よく作業できるようなものがあったら」と話をしていたことにヒントを得たものです。あるいは腰の角度を調節できるようにした「野 口式昭和鍬」も、農家の方々には好評です。従来、鍬はそれぞれの地区の土質によって柄と刃部の角度が決まっていました。使う人の背の高さによっても角度が 違いました。これでは、鍬の用途が限られてしまいます。「昭和鍬」は何とか一丁の鍬で多くの人が広範囲に使うことができないかと思い、考え出したもので す。お客様の仕事をできるだけ楽にするような道具はどんなものだろうかと絶えず考え、またお客様の声に耳を傾けることからこれらの新しい道具は生まれてと いえるでしょう。もちろん思いついたからといってい、すぐに満足できるものが完成するわけではありません。試行錯誤を繰り返し、販売できるようになるまで は1~2年はかかりますね。

――新しい農具や包丁を製作・販売するだけでなく、修理にも力を入れていらっしゃいますね。

野口  私たちは鍛冶屋ですから、修理は主要な仕事です。農家の方々は、手になじんだ農具を数十年にわたって使い続けます。まさに「俺の鎌」や「俺の鍬」ですね。 私たちはそのような方々と共にありたいと考えています。お客様の手になじんだ農具も、数十年も使い続けているといろいろな不都合が生じてきます。それを修 理して、元の形にしてお返ししてさらに長くお使いいただく。また、私の店でお買い求めいただいた農具や包丁についても最後まで責任を持ちたいと考えていま す。長い間使っていただいたこれらの道具をさらに長く愛用していただく、それは鍛冶屋冥利といえるでしょうね。

常に「必要とされる仕事」であり続けたい

――お仕事ではどんなことを心がけていらっしゃいますか。

野口  刃物はごまかしはききません。使っていただければその善し悪しはすぐにわかる。それだけにしっかりとした製品を作って、お客様に提供して喜んでいただきた いと思っています。私の家は明治時代から続く鍛冶屋として、長年にわたって信用を培ってきました。信用を築くのはとても大変ですが、それを崩すのは簡単で す。ちょっとした不注意でも信用は崩れてしまう。ここには専属の営業マンはいません。小規模だから一人で何でもやらなければなりません。でも一番の営業担 当者は実は私たちが作った農具や包丁です。それらが良いものであれば、評判を呼び、新しいお客様を得ることができるのです。そんな思いで仕事をしていま す。

――お仕事のやりがいや喜びはどんなところにありますか。

野口 なんといってもお客 様に喜んでいただくことですね。また喜んでいただけるような農具や包丁を作ることがやりがいです。かつて私たちのような野鍛冶はまさに「村の鍛冶屋」とう してそれぞれの地域の農業の特色に見合った道具を作っていました。しかし農業の機械化の進展や外国からの安価な農具の輸入などの影響で、多くの鍛冶屋は廃 業を余儀なくされてしまいました。そのような中で、私たちはお客様のご支持を得て何とか鍛冶屋として仕事を続けています。いつも思うのは「必要とされる仕 事」でありたいということです。この鍛冶屋の火を消すのは簡単だけれども、皆さんから必要とされる限り、石にかじりついてもこの仕事を続けたいと思います ね。初代からずっとこの地域で皆さんに喜んでいただけるような仕事をしてきたからこそ、今がある。そう考えるととてもやめられませんよ。

――お仕事の厳しさやご苦労はどんなところにありますか。

野口  火を扱う仕事だから、暑い時はなかなか大変です。火花が体にかかるなんてことは、いつものことです。でもそんなことは苦労とはいえませんね。どんな仕事 だってこの程度のことはあるでしょう。それでいい道具を作り、お金をいただいているわけですから。あえて苦労といえば、常に高い品質の物を作り続けるとい うことでしょうね。同じ種類の鎌を100丁作っても、個々のお客様にとっては自分が手にした一丁が全てなのですから。他の99丁の鎌がよくても、その一丁 の品質が悪ければお客様の信頼を得ることはできないし、私も満足しない。野口鍛冶店の製品を使っていただくお客様全員に喜んでいただけるような仕事をした いですね。

長年続けると仕事に愛着が湧き、誇りが持てるようになる

――近年、若年者は仕事に就いてもすぐに辞めてしまう傾向があるようです。彼らに対してアドバイスをお願いします。

野口  前に申し上げたように、私は好きでこの仕事に就いたわけではありません。家業が忙しくなって、鍛冶屋となったわけです。最初はたまたまその仕事に就いたか もしれないけれど、長年続けているとその面白さが分かり、喜びを感じるようになるのではないでしょうか。長く続けることで仕事が面白くなり、愛着が湧き誇 りが持てるようになる。今の私がまさにそうです。

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